アイドル戦線異状ありまくり!

「今度こそは、あの電波女郎(めろう)を出し抜いてトップアイドルに返り咲くんだから!」
 女郎とは、また随分と古風で口汚い言葉を使うもんだと感心しながら、声のする方に目を向ける。
 鞄を肩に掛けながら握り拳を作るのは、たしか……B組の古水稔(ふるみずみのり)だったか。
 サイドテールをシュシュでまとめた黒髪の少女で、釣り上がった猫目が印象的な学園のアイドル。

 そう、彼女もまたアイカツという名の戦場に立つ女子の一人であった。

 しかし、電波か……正直、アイツと関わった一人としてそこは素直に同情するよ。ホントご愁傷様です。
 嘆息しながら廊下を歩いていると、
「あれ、やっつんじゃない。良い所に来たわね!」
 すれ違い様に呼び止められてしまった……
「ちっ」
「いきなし舌打ち!?」
「えっとB組の古水さんだっけ? 俺になんか用なの?」
「アンタ、こんな美少女アイドルに声かけられて、なんで不機嫌そうなワケ? しかもなんか他人行儀だし……」
「はあ……」
「た、ため息まで……」
 勝手に自信喪失でもしたか、床に膝を付いてへたり込む彼女。しかし、俺は構わず次の台詞を吐いてやった。
「いや、俺達ほとんど他人だし、クラスも違うから」
「いやいや、中学では二年間同じクラスだったじゃない!」
「ああ、そうだったね……ついでにアイツもだけど……」
 アイツ――毎度お馴染の電波娘小火木麻奈(ぼやきまな)その人である。
 何を隠そう、俺達三人はそこそこ長い付き合いだったりする。
「で、B組の古水さんは、何故(なにゆえ)に俺を呼び止めたのかな?」
「だから、いちいちB組とかつけるな! どんだけ他人行儀なのよアンタは!?」
「だから、他人だし……ていうか、小火木お前に関わるとロクなことが無いから、正直めんどい」
「面倒臭い女扱い!?」
 いや、そういう所が面倒臭いんだけど……ホント……
「用が無いなら、行って良い? 休み時間が勿体ないし」
「ちょっと待って、三分で良いからお願い!」
「…………何?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれたわねっ!」
 言って立ち上がり様にふんぞり返る彼女。
「今日やっつんに買ってもらうのはね……これよ!」
 そう宣うと、彼女は内ポケットから何やら怪しげな液体の入った小瓶を取り出した。って……
「ちょっと待てーい!」
「何よ?」
「なんで俺が買う事前提で話進めようとしてんの? ていうか、その瓶の中って一体何入ってんの?」
 俺はその謎の液体を指差して問う。すると、彼女は自信たっぷりにこう返しやがった。
「聞いて驚け。なんと、これは昨日みのりんが浸かったお風呂の残り湯よ! 世の男共が競って欲……」

「アホかぁぁぁぁぁぁ!」

 思わず、その無駄に広いデコへチョップをかます俺。
「いったーい! いきなし何するのよ!」
「それはこっちの台詞だバカ! お前なんてモン売ろうとしてんだよ、気持ち悪い……」
「失礼ね、気持ち悪くないわよ。むしろ、アイドルのエキスが染みついた湯水よ。男は皆飲むに決まって……」

「ねーよ! ていうか、失礼なのはお前だお前! 全世界の男に謝れ!」

「じゃ、じゃあ、これにサインも付けるから!」
 そう言って鞄から取り出したのは、表紙に『ドンなときも静かなるくノ一みのりん参上!』とかいう誰得なのか良く解らんタイトルが書かれている一枚の未開封CD。ていうか――

「お前アホだろ……売るなら、むしろこっちだろうがっ!」

 そう言って、さらにもう一発チョップをお見舞いする。と、そこへ――

『みんなー、これから麻奈たん電撃ショートライブ開催なのだよ!』

 いきなり舞い込んできた電波放送を前に、俺達の会話は一瞬にして吹っ飛んでしまった。
 そして、昼休みの校舎に、小火木麻奈(ぼやきまな)の歌声が響き渡るのだった。

おわり