招かれし、白昼の悪夢
正午の訪れと伴に、終業のベルがなる。
「ああ、やっと終わったあー」
机に顎を押し当てる恰好で、寝そべる俺。
味気ない上に疲れだけが溜まる学校生活において、唯一のオアシスともいうべき安息の時。
汝が名は「昼休み」
ふっ、我ながら詩人だなぁ。
などと少し自分に酔い痴れている俺を、「その放送」は見事なまでの力技で現実へと引き戻してくれた。
机に顎を押し当てる恰好で、寝そべる俺。
味気ない上に疲れだけが溜まる学校生活において、唯一のオアシスともいうべき安息の時。
汝が名は「昼休み」
ふっ、我ながら詩人だなぁ。
などと少し自分に酔い痴れている俺を、「その放送」は見事なまでの力技で現実へと引き戻してくれた。
ぴーんぽーんぱーんぽーん♪
全校生徒のみなさん、ここでお昼の放送です。 もうすぐ夏休み。今年も計画性を持って、夏を有意義に過ごしましょう!お決まりの、説教臭い文句を垂れる放送部員。
この後も『三年生は、最後だから……』云々と宣うなど、台本通りの台詞を並べ立てる。
だが甘い、その程度でこの俺の自己陶酔を妨げようとは片腹痛い!
まあ、誰もそんなことは考えてもいないだろうけど。
下らないことに思考を巡らしながら、俺は鞄から出した弁当箱を開ける。
では、ここで――お、今日のオカズは、タコさんウィンナーか。
俺は、箸の先をタコさん目掛けて真っ直ぐ延ばす。
――本日のゲストをお呼びしましょう!何かゲストとかって、言ってるみたいだが……無視だ。そんなことにかまけてる余裕など、俺にはない。
さあて、タコさんタコさん。
不意に――
やっつん、聴いているかね? みんなの癒し系アイドル、麻奈たん参上なり!聞き慣れた『電波』が耳に入ると同時に、タコさんが箸の先から勢い良くエターナルなフライトに飛び発った。
ていうか――
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!
そんな所で何やってんだ、お前は!第一『癒し系』じゃなくて『電波系』の間違いだろう。そもそも誰だ、こんなのゲストに呼んだのは?
というワケで本日の『上総の部屋』は、ゲストにNewシングル『恋する乙女は無敵なのっ!』を引っさげて、小火木麻奈(ぼやきまな)さんが遊びに来てくれました。何だ、そのアホみたいなタイトルの曲は。ていうか、いつの間にシングル何ぞ出しおった……。
大体からして『上総の部屋』て………あれ?
そういえば、いま上総って言ったか……そいつはまさか、あの…………。
司会:麻奈たん、まずはCD発売、おめでとうございます。 小火木:うむ、これもファンの皆が応援してくれたおかげなのだ。皆ぁー、ありがとー! 司会:僕も一ファンとして、麻奈たんのこれからの活躍に期待してますよ。 小火木:いやぁ、期待されても何も出んよ。 司会:それでも構わないさ、僕らは一生あなたに無償の愛を捧げると誓ったのだから!誰か……何か権力的なモノで、直ちにこの電波放送を止めてくれ……。
しかし、俺の願いも空しく、放送は果てしなく続いた。
司会:さて麻奈たん。今度の曲は、どんな感じなのかな? 小火木:うむ。この『恋する乙女~』は「大人になりかけの女の子が、同じクラスの男の子に抱いた淡い恋心が伝わらなくてヤキモキしつつも、それでもいつか伝わると信じて健気に頑張る様子」を歌ったのだよ。 司会:今回「ここはぜひ聞いて欲しい!」というフレーズがあれば、教えて下さい。 小火木:やっぱり、「女の子はね、恋をするその刹那(しゅんかん)からム・テ・キ☆なのっ!」かな? 司会:おぉぉぉぉぉ、これは萌えるぜ!ああ、俺の至福の時間(とき)が……崩れていく。
司会:ではここで、一曲お届けします。麻奈たん、どうぞ。 小火木:うむ、明日発売のNewシングル『恋する乙女は無敵なのっ!』より、カップリング『天才!麻奈たん』をどうぞ。
待てぃ、ここは普通タイトル曲を選ぶトコだろぉぉぉぉぉ!
俺の心の叫びも空しく、これまた怪しげな電波ソングが校内を汚染していった。しばらくして、番組が終了を迎える頃には俺の心は既に小火木型電波に蝕まれていたのは、言うまでもない。
司会:麻奈たん、最後にファンのみんなへメッセージをどうぞ。 小火木:やっつん、そしてファンの皆、麻奈たんはこれからも電波に乗って皆のハートに潜入しちゃうぞ。なので、応援よろしく! 司会:本日のゲスト、小火木麻奈さんでした。それでは、お昼の放送を終わります。司会は私、奴黒部イケメン三人衆の革新的リーダー、尾田上総ノ助(おだかずさのすけ)でお送りしました!尾田上総ノ助――あのイケメン三人衆の一人で、麻奈たんファンクラブ会長を務める男。
黙っていればただのイケメンなのに中身が生粋のオタクであるがため、誕生日を迎える度に「彼女いない歴」が更新される哀れな男。故に、ついたあだ名が――
ふ、そういうことか……
すべては貴様の仕業だったか、オタ助!
かくして俺の心のオアシスは、夢幻の如く仄かに消えた。
真夏の白昼夢のように――。
真夏の白昼夢のように――。