血塗られた封印の城 第四章(14)


「……う、うーん………ほぇ?」
「………え?」
 お互いの顔を見つめ合いながら、パチクリと瞬きする二人。
「えっと……お、お目覚め?」とマリーナ。
 つい一寸前に気を失っていた筈の栗髪の少女が、何の前触れもなく突如目を覚ましたのに少し戸惑っているのだろう。
 その少女の方はというと、当たり前のように見下ろしている相手に微笑みかけていう。
「あ、会長さん。気がついたんだ」
 いや、それはあたくしの台詞ですわ……
 少し的外れのように思える彼女の台詞に、心の中で突っ込むマリーナ。
「良かった、正気に戻って」
「正気って?」
 マリーナは言葉の意味が理解できず眉をしかめる。が、それに答えずにゆっくりと立ち上がろうとし、
「ほ、ほぇ?」
 一瞬、視界がぶれる。
「ル、ルーシーさん!」
 慌ててマリーナも起き上がり、彼女を支える瞬間、不意に足元がふらついて――押し倒すような格好で前のめりに倒れた。
「痛っ……だ、大丈夫、ルーシーさん?」
「大丈夫、ちょっと頭がクラクラするけどね」
 そう言って仰向けのまま、ウィンクしてみせる彼女。
「ルーシーさん、あなた頭から血を流して」
「血?」と手を額に当て、その手をまじまじと見つめる少女。
「あ、ほんとだ。でも触った感じはそんな痛くないから、多分軽くおデコの皮でも切ったかな?」
「平気……なんですの?」
「うん、この程度のかすり傷なら大したことないよ」
「かすり傷って……」
 さも当たり前のように笑う少女に、マリーナは何故か判らないが急に自分が恥ずかしくなった。
 あたくしはさっき、彼女に何をしたの?
 微かに薄れている記憶の糸を手繰るが、その都度脳に直接痛みが奔る。

 どうした、何を恥じている?

 突然、その声が脳裏でそっと囁いた。

 助けられたことを恥じているのか?
 それとも、己が未熟さに恥じているのか?


 え?
 何を言って……?

 彼の者は、精神(こころ)肉体(からだ)も汝より優れおるか?
 汝はその程度か?

 いや……な、何なんですの?

「会長さん?」
「へ?」と間の抜けた声を上げるマリーナ。眼前には、栗髪の少女が澄んだ碧眼で、不思議そうに彼女を見ていた。
「どうかした?」
「あ、いえ……」
「そっか、それならいいけど。あと出来ればそこ、どいて貰えると助かるんだけど」
「あ……」
 仰向けになっている少女。その手首を押さえ、見下ろす自分。至近距離で見つめ合う二人……。
 そこまで確認して、初めてマリーナの顔が紅潮する。
「あ、いえ、その……こ、これは違いますのよ!」
 言いながら、慌ててその場から身を引くマリーナ。
 少女はゆっくりと上体を起こし、まるで寝起きのように軽く伸びをする。
「うーん、さってとボチボチ行くかな」
「行くって、どちらへ?」
 マリーナの問いに、彼女は再び立ち上がると陽気な声でこう答えた。
「ないしょ。それじゃ会長さん、またね!」
 何か言いたそうにしているマリーナに背を向け、少女は出口へと駈け出した。

 何故だかは、解らない。
 ただマリーナはこの時、彼女――ルーシー・レイナードと二度と会えないような気がしていた。