ホワイトデーを真紅に染めて

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 「オニの巣窟」のakaoniさんから本作のイラストを戴きましたので、挿絵に使わせて頂いてます♪

 諸君は、年に一度の恒例行事の中でも取り分け影の薄いこの日を、どれだけ意識しているだろうか?
 どこのどいつかは知らないが、如何にも取ってつけたようにバレンタインデーのちょうど翌月に当たるこの日を純白の日――つまりは「ホワイトデー」なんぞと名付けてくれたおかげで、今年もまた俺はこの日に厄災に見舞われる羽目となった。
 もちろん原因はヤツしかいない。この時も、俺は頭からそう信じて疑わなかった。

 ある意味で科学の限界を超えたかもしれない存在――そう、我らが電波の申し子、小火木麻奈だ。

 我がクラス、いや我が校の女子の中でもおそらくは上位に入るであろう美貌を備えているのだが、残念なことにオツムの方に問題ありまくり――といっても、学力の方はむしろ同じ学年でも群を抜いていると言っても良い。が、一般常識という社会を生きる上で最も重要なファクターが欠如している可愛そうな子。

これはもう、腐敗したゆとり教育がもたらした最大の害悪ではなかろうか?

 だが、そんなことは今問うべきに非ず。問うべきは、このホワイトデーにまつわる惨劇についてである。
 ここから先は、俺があの日に見た出来事を主観を交えつつ諸君に語ろう。


 始まりは、さかのぼること一ヶ月前。世間ではちょうど、チョコレート業者の戦略に釣られて女性達がせっせとチョコを買い漁る光景が目に映った、そんな春の息吹が待ち遠しい季節。
 俺はというと、これといって特に何かする気にはなれず、いつものように学校から帰ると、ポストに赤い包装紙で包まれた小さな箱と一緒に手紙が添えられていた。宛名は俺のようで、一方の箱――形、大きさからするとこれは――
 もしや、本命さんですか?
 誰とも知れぬ人物から届いたとはいえ、おそらくはクラスの女子の誰かと思って間違いないだろう。いくらなんでも、如何にも女の子が書きそうな丸字の手紙を男が書いている場面は、間違っても想像したくはない。
 早速、部屋に入って中を開けると……なんと、紛う事なき手のひらサイズのハート形した黒い奴が、俺の目の前に現れた。ただ、チョコレートの中心に何故か短剣が突き刺さっているような描写のデコレーションが気になるが。
 嗚呼、なんか天使が見えた気がする。
 俺は興奮冷めやまぬまま、手紙の方を見る――送り主の名前は何故か無いが、そんなことはお構いなしと手紙の封を切る。それにはこう書いてあった。
 やっつん
 ずぅっと前から、あなたのことが好きでした。今でもあなたを愛してます。
 だから、どうか、どうか……安らかにって下さい!!!
 それから間もなくして、俺はその不吉なチョコレートの存在を抹消していた。


 翌日登校すると、下駄箱に新しいチョコレートが入っていた。送り主はもちろん奴だ。
 小火木よ、性懲りもなく同じ手で嫌がらせするかお前は。
 嘆息しつつカバンの中に入れると、何事もなかったかのように教室へと向う。
 ホームルームまでまだ時間があると教室で俺が窓の外を眺めながら呆けていると、奴が浮足立ちながらこちらに近寄ってきた。
やっつん、アレ……受け取ってくれたかね?」
 しかし俺はというと、前日のこともあり少し不機嫌そうにそっぽを向く。
やっつん?」
「ああ、ちゃんと貰ったよ。ありがと」
 やはり不機嫌にそういうと、俺は視線を窓の外へ戻す。
「おやおや、どうしたのかな? 何か悩み事でもあるのかにゃ?」
 なんかもう鬱陶しい。何でコイツはこう、いつも俺に絡んでくるんだ?
「別に、なんも無いよ」
 適当に流すと、小火木が妙なことを言い出した。
「それならいいけど。せっかくこの麻奈たんが、昨日帰ってから半日かけて丹精込めて作ったんだから、もっと嬉しそうにしてくれないとねぇ~」
「そいつは、手の込んだ……って昨日帰ってから半日?」
 うんうんと両腕を腰に当て、大きく頷く小火木。
「そうそう、人呼んで『麻奈たんスペシャル』てね」
 などとウィンクしながら笑う小火木。ていうか誰が呼んでんだよ、そんな阿呆な名前。
 いや、そんなことより……じゃあ、あの不吉なチョコレートは、一体……。
 一抹の不安が残る中、俺はこの日小火木の甘い上になぜか「切ない味」まで表現されている、謎の調味料入りチョコレートを食べさせられた。
 例によって、『麻奈たんファンクラブ』の皆さんに囲まれて……。


 それから一月が経ち、俺は運命の日を迎えことになる。
 この日はクラスを代表して……というわけではないが、小火木といつも一緒にいるせいで否が応にも目立ってしまう俺が、クッキーをクラスの女子全員に配ることになった。しかし、バレンタインの時は男子全員にチョコを配らなかったというのにホワイトデーのクッキーは必須だなんて、どんだけ女尊男卑なんだこの学校は……。
 淡々とクッキーの入ったビニールの堤を配る俺。と、そこへ俺の視界に映る愛らしい美少女。どこか儚げに見える線の細い彼女は武山智緒(たけやま ともお)。小火木とはまた対称的で物静かな子だ。ちなみに女子の間では「トボ緒ちゃん」という、これまた可愛らしい愛称で通っているらしい。
 その彼女と一瞬目が合った。少し気恥ずかしくなり、俺は慌てて眼を反らす。
 小火木の奴もあのくらい大人しかったらなぁ……。
 などと考えていると、次はもう彼女の席だ。
「はい、武山さん」
 俺は心なしか、彼女に笑いかけていた。その彼女も、こちらを見て笑う。いや、嗤った。
やっつん、あのチョコレート食べてくれた?」
 え? あのチョコレートって……え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
 瞬間、嫌な想像が頭をよぎる。いや、ありえん。ていうか、あっちゃぁならねぇ!
「…………」
 返事に詰まった俺は、それとなく聞き流すことにしてこの場をやり過ごすことに決めた。しかし、平静を装いながら立ち去ろうとする俺の背後で、ぼそりと悪魔が囁いた。
「……つめたいなあ、せっかくあなたへの想いを込めて作ったのに」
 いや気のせいか、あなたの声の方が数倍冷たい感じがしますが……。
 背中に突き刺さるような黒い視線を受けながら、俺は逃げるように足早に次の列へ移動した。


 その後、それとなく武山さんに不吉チョコを出した意図を聞き出そうと試みたが、そもそもそれが間違いだった。
 のらりくらりとかわす彼女の口から真意を引き出すことは遂ぞ出来ず、ただその時「クッキーのお返し」にとこっそり手渡された箱の中から、何か時計の針が動くような音だけが聞こえるのがひたすらに怖かった、ということだけ述べておこう。

 最後に諸君、女性への対応はくれぐれも注意されたし。