血塗られた封印の城 第一章 それは、黄昏の教室で……(4)



「だいたい今頃かな?」

 バーリオンの中央通りに軒を並べる飲食店。
 露店から漂う豚の蒸肉の香りが芳ばしい中央広場のすぐそばにある、清楚な造りの喫茶店
 窓辺の席の一角で、向かい合って優雅に午後の紅茶を楽しむ二人の姿。

 一人は、見たところ20歳前後、金糸の様に美しい髪を腰まで伸ばした美女。
 如何にも貴賓溢れるの白い法衣を身にまとい、丸眼鏡の奥から覗くのは知性を感じる碧の瞳。

 もう一人は、15歳ぐらいの小柄な少年。
 少しクセのあるその髪の色は、バーリオンには珍しい白金の髪(プラチナ・ブロンド)
 隣の椅子の背に紺の外套(マント)と藍の上着をかけ、白いシャツの襟元から垂れた紐にぶら下っているのは、大陸ハンターズギルドの証――『六芒星の上に交差する剣と銃の紋章』が刻まれた金色のメダル。
 まるで全てを見通すかの様な少年のその琥珀の瞳は、窓の向こう側、遥か遠くの空を見つめていた。

「あら、何の話?」
と金髪の女。少年の漏らした一言に、何とはなく聞き返してみる。
 少年は女の方を向直り、一瞬悪戯っぽい笑みを浮べたかと思えば、大人びた口調で答えた。
ルーシアがボロを出す(、、、、、、、、、、)頃合さ。ベルダルク師」
「ああ、そういうことですのね」
と彼女――ミコナ・ベルダルクは、何か納得した様に相槌を打つと、左手で眼鏡を直し、
「そもそも、なぜまた『ルーシー・レイナード』なんて如何にもありがちな偽名にしたのかしら?」
「その方が、色々と都合がいいからさ」
「あら、どうして?」
というミコナの問いに、少年は落ちついた雰囲気で淡々と答える。
「確かに似ているけど、似た名前なら幾らでもいるし、それら全て疑ってかかる事はまず居ないだろう」
「まあ、そうですわね」
「それに『似てる』と思うからにはその対象があり、それを意識した人の心理によるもの……つまり」
と少年が言いかけたところで、ミコナはすぐさま彼の意図に気付き、
「『似てる』と思われてる時点で、こちらの動きが筒抜けなのですわね!」
「そういうこと」
 言って、無邪気に微笑む少年。彼は更に続けて、
「今回はあくまで潜入捜査を兼ねているワケだから、相手に悟られてはまずいでしょう」
「確かに……でもそれなら、やはり悟られ難い名前にしておくべきではなかったのかしら?」
 彼女の提案に、しかし少年は首を横に振る。
「耳に馴染まない名前で呼ばれても、いざという時には咄嗟に反応出来ないものさ」
「あ、なるほど……そういうことですのね」
「特にルーシアは、そういうところ不器用だからね。例えば、生徒に不意打ちでも仕掛けられたら……」
と人差し指を立てて、
「つい条件反射で(、、、、、)受け流したりとかね」
「随分と具体的ですわね………どうせまた、天道を覗き見(さきよみ)したのでしょう? アレス」
「まあね……」
 そう言うと、白金の髪(プラチナ・ブロンド)の少年――アレス・サンドーラは再び窓の向こう、グーテンリッヒ学園の方角に視線を戻した。