ばうんてぃくえすと 悲しみ誘う嫉妬の輪舞(9)

 
 一度点いた黒き炎は、闇に呑まれながらもその内なる激しく燃ゆる。
 尽きること無く全てを焼きつくし、灰になるまで延々と続く。
 灰は更なる黒炎を生み出し、無尽蔵に増殖する。そして――
 
 いずれは破滅へと誘われるだろう――
 
 少年は、ただ小さく溜息をついた。その手に持っていた、薄く煤けた赤い表紙の書物を机に置いて。
 年の頃は十二、三歳くらいだろうか。漆黒の首筋まで伸びた髪と陽に当ったことのないような色白の肌、それとは対象的に鮮明な印象を受ける両の瞳は血のように紅く、まるで暗闇に映える紅玉石のよう。彼の着衣もまた黒一色で、屋内の闇とほぼ同化していたことが、瞳の紅を一層際立たせていた。
「ルベリア、そろそろ『洗礼の儀』の準備が整った頃でしょうか?」
「はい。しばらくすれば、彼女も身を清めてくることでしょう」
 少年の隣に侍る長い赤髪の女が、一切の感情が籠っていない声でそう答えた。だが、その表情は聖教の神子(みこ)に仕えたという古の聖女のようで、ただただ主に身を奉げる奉仕者の如くひざまずき、慈しむような蒼い眼で彼を見上げていた。
 その主が思い出したかのように呟く。
「…………そういえば、かの使徒は今頃どうしているのでしょうか」
「はい、今は確か『西の商都』に滞在中かと」
「そうですか、未だ巡業の途に在るということですね」
 どこか念を押すような口調で、しかし力無く少年は言葉を発した。
「満つる時を、待たねばならないようですね。あの、紅き月の如く……」
 見上げた窓の向こうに映る三日月は、おぼろげに妖しき光をまとっていた。
 
 
「彼は、わたしの全てです」
 彼女はただ一言、そう答えた。
 港を見下ろすテラスになびく潮風が少し肌寒く感じたかと思えば、日差しが少しだけ西に傾いていたことに気付くルーシア。向かい合うユリナシエルの言葉が、心なしか儚く響いた。
「わたしの人生は、彼と供に目覚め、彼と供に歩き、彼と供に食べて、彼と供に眠る。それをただ延々と繰り返していくの。最期の時まで……ね」
 一瞬、ルーシアは背筋に冷たい空気が流れ込むのを覚えた。
「……そ、そうなんだ」
 ユリナシエルの言葉にどう答えて良いのか解らず、適当に相づちを打つ彼女。
 話は更に続く。
「でも彼は、わたしのそんな想いを知っていながら、『仕事』が忙しいからと言って構ってくれないのよ。酷い人でしょう?」
「そ、そうだね……」と頷くルーシア。
 どうもこの手の話に免疫が無いのか、少女の表情は微かに強張っていた。とは言え、彼女の気持ちが解らなくもなかった。
「本当に酷い人よ。けど、それでも愛しい人なの……」
 遠い目で、ユリナシエルが小さく呟いた。儚さは、彼女の顔から時折覗く悲しみや淋しさが生み出しているのかも知れない。
「ねえ、ルーシアちゃん。もし、いつも傍に居るハズの彼が突然居なくなったら、どうする?」
「ほぇ?」
 唐突に、そう問われて戸惑うルーシア。
 もし、アレスがボクの傍から居なくなったら……
 そんなこと、考えたことも無かった。いつも一緒にいることが当たり前だと思っていた。けど――いずれ、別れが来るかも知れない。
 運命はどう転ぶのか解らない。況して常に身の危険が伴うような仕事であれば尚のこと、必ず今日を無事に過ごせる保障も無い。
 そこまで考えた途端、ルーシアは急に胸が締め付けられるような衝動に駆られた。
 アレスは、この物知りな少年は、自らの運命をも全て見通しているというのだろうか?
 もし、万が一にでも彼と別れる日が訪れるというのなら、その時は――
 ちらり、とルーシアはアレスの貌に視線を移す。碧の瞳に映るのは、あくまでも涼しげな少年の顔。こんな時でも眉一つ動かさず、この少年は少し冷め始めた珈琲を口に運んでいる。
 ……なんか、余裕だなぁ…………
 ほんの一瞬、心の奥底を冷い風が通り過ぎた気がした。けれど、どこか諦めたように首を振ると、その冷風は彼女の中でいつの間にか涼風に変わっていた。
 彼女は少し窓辺を向く。そこには変わらず、蒼く煌めく海が静かに波を立てていた。
「ユリナさん、海の方へ行ってみても良いかな?」
「え?」と、今度はユリナシエルが戸惑う番だった。
「どうして?」
「ここで見てたら、ちょっと寄って見たくなっちゃった」
 そう答える少女の声は、如何にも彼女らしい明朗な響きがした。
「クスッ」と、隣で思わずアレスが小さく笑った。
「ちょっとアレス、何でそこで笑うかなー?」
「いや、だってルーシアがいきなり突拍子もないことを言うからさ」
「どこが突拍子もないのさ?」
「さあね」と惚ける少年の顔はどこか楽しげで、いつもの彼らしい悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
 


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