ばうんてぃくえすと 悲しみ誘う嫉妬の輪舞(11)

 静かな蒼の下を、翼竜鳥(ワイバーン)雄大に翔いている。
 天気晴朗にして風穏やかなれど、荒らぶる海面(みなも)の波高し。
「船長、ジョリー船長!」
 海原を行く帆船の一室。その扉を叩く痩せこけた髭の男が、けたたましく声を上げる。
「なんだ、騒々しい」と、この船の主ジョリー・バルバロスはゆったり安楽椅子から立ち上がると、重い足取りで扉の方へと寄っていく。巨体の所為か、それとも波に揺られてか、歩を進める度に床が軋み傾く部屋。
「船長、もう時期港に着きやすが?」
 ジョリーが扉を開けると、そんな言葉が返ってきた。ジョリーは男を見るなり、ウンザリした顔で怒声を浴びせる。
「見りゃわかるわ。んなこと態々言いに来る前に、とっとと旗ぁ畳みやがれ!」
 言われて、しかし怯むどころか髭男は呆れた様な口調でこう告げる。
「そんなんとっくですわ。それより船長、何か妙ですぜ」
「あん、何がだ?」
 ジョリーは半ば勢いを削がれた格好になり、面白くないと思いつつも一応耳を貸してみる。
「いやどうも嫌な予感がするって言いますかねぇ、いつもより人気が少ねえ気がしやして」
「何かと思えば、んなつまんねーこと気にしてんじゃねーよ。港っつったって、そうしょっちゅう人が集まるワケじゃねーだろ」
「ですが船長、この静けさは不気味ですぜ。何かの罠ってことも……」
「フン、たかが都市警官如きにこの海賊ジョリー様をどうこう出来るわきゃねーだろ。それにいざとなれば……」
 そう言う彼の視線の先には、鉛で出来た宝箱のようなものがあった。
 
 
 
「あ、なんかコソコソ旗を仕舞い始めたよ」
 ルーシアが右手を眉間の辺りで水平に当てながら、そんなことを言った。
「えっと、あまり良く見えませんけど」
 ユリナシエルが応えるのを聞き、いつの間に用意したのかアレスが右に縦長の柄の着いた眼鏡のようなものを取り出す。よく見ると、柄の所が伸縮式に成っている。
「これをどうぞ」と笑顔で手渡され、ユリナシエルは戸惑いながらも「ありがとうございます」と受け取った。
「柄についている印を押すと、良く見れますよ」と解説するアレス。その指示す先には、小さな円の中に何かの紋様が描かれている。
 言われるがままにその印を押すと、確かに遠くの様子が良く見渡せるようになった。見ると、乗組員がせっせと黒い旗らしき物を下げている様だった。
「あ、確かにあの黒いのは海賊旗のようですね。でも、良くアレが見えましたね?」
「まーね。ボク、目は良い方だから」
「良い方」なんてレベルじゃないような……と少し零しそうになるのを抑えながら、ユリナシエルは注意深く船を様子を伺う。すると、中から誰か甲板にあがって来るのが見えた。一人は大柄で口の周りに山嵐の様な茶髭を生やした船長らしき男。燃え盛る炎のように波立つ赤い眉と額から目の周りにかけて鱗の様な痣(あざ)があるのが特徴的だ。もう一人は痩せこけた小男で、細長い口髭を生やしている。
「あれ、もしかして海賊ジョリー?」
 唐突にユリナシエルが口にしたその名を聞いて、ルーシアは「ほぇ?」と眉をひそめる。
「知ってる人?」
「知ってるも何も、この辺りじゃ有名な海賊ですよ!」
 ルーシアの何気ない質問に、ユリナシエルが少しもどかしそうに答える。
「金貨64万の『赤眉の海王(フレアドラゴン)』だよ、ルーシア」
 ルーシアに分かるように補足するアレス。
「あ、そいつか。どっかで聞いたことあるかなぁって思ったけど、海賊って海に出ないとまず会うこと無いし高額賞金首(ミリオンバウンティ)ってワケでもないから、あんまし興味わかないんだよねぇ」
「はぁ……」とユリナシエル、ルーシアたちの会話の内容が良く解らず曖昧に返す。
「ま、折角こうして合間見えたんだし、ついでにとっ捕まえよっか?」
「え、捕まえるって、まさかルーシアちゃん?」
「ルーシア、欲を張ると碌な事にならないよ」
 隣でアレスがたしなめる。
「ぶー」とルーシアが膨れっ面を見せる。
「事情は良く解らないけど、アレス君の言う通り関わらない方がいいわ。あの男は……危険だから」
 それは、どこか含みのある言葉だった。
「この辺りでは有名、か」と、彼女には聞こえないような小声でつぶやくアレス。琥珀の瞳を海へと向けながら。
 海賊商船はゆっくりと、しかし着実に港へと近づいていた。
 
 
 
「港に船が近づいているだと!? こんな時にか」
 肉付きの良い頑丈そうな体躯の中年男が、いつもに増して苛立った様子で問う。
「ええ、恐らくどこか名のある豪商の船と思われますが、如何いたしましょう警部補」
 警部補という一言で、こめかみに青筋が浮かび上がる。慌てて口を押さえる青年警官を睨み据え、無言の圧力をかける中年男。
「厳戒態勢張ってるってのに、まったくどこの阿呆だ。名のある豪商と言ったな。どんな船だ?」
「は、はい。えっと、その三艘くらいはある帆船でしたが」
「三艘だと、そんな商船…………いやまて、そいつはもしや」
 独りつぶやく警部補。その様子が少し不気味にも思えたが、青年はただ黙って様子を伺っていた。
 しばらくして、警部補は突然ニヤリと笑みを浮かべる。これには流石に青年も顔を引きつらせざるを得なかった。
「おい、今すぐ役所に連絡して入港書と手形を手配しとけ。急げよ」
「あ、はい!」
 返事をするなり青年はその場を立ち去り、すぐさま役所へと駆け出した。開放感いっぱいの顔で。
 
 
 


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