影の王(3)


 鎌倉幕府――そう呼ばれているこの組織の中枢が、実は平家一門で構成されていた事をご存じだろうか?
 そもそも、鎌倉の御家人の内過半数は平家の傍流ないし家臣で、その筆頭は無論のこと執権の北条氏。その他にも、三浦氏とその一門の和田氏、安達氏、梶原氏などそのほとんどがそれにあたる。
 源氏はといえば、創設者の頼朝をはじめ将軍職を継いだ子、孫、弟たちと皆不遇の死を遂げている。その他傍流は守護として地方の統治を任ぜられ、鎌倉は実質平氏政権と言っていい状態だった。
 幕府滅亡は、平氏の流れをくむ北条の独裁を前に辛酸をなめた源氏一門が、蒙古襲来などにより疲弊した頃合いを見計らい牙を剥いた結果だったのだろう。源氏によって打ち立てられた幕府が同じ源氏の末裔によって打ち倒されたとは、何という皮肉であろうか。

 ところ変わって、近江(おうみ)国。
 都から近く雄大な琵琶湖を臨む交易の盛んな地で、かつては南を六角、北を京極という名家がそれぞれ治めていた。

 ――共に、源氏の流れを汲む佐々木氏の分家である。


「美味しいっスねえ、このダルマ」
 轟水希は幸せそうに大口を開けて、今まさに本日二箱目の「だるま弁当」を平らげようとしていた。
 因みに、あたしの分である。
「あんたはぁ……食べることと寝ること以外、何かないの?」
 新幹線の車窓に首を傾けながら気だるそうにうな垂れていたあたしは、半ば投げやり気味に問いかける。しかし、彼女は満面の笑みでこう答えた。
「なーんも無いっス!」
 ……言い切りやがったよ、こいつ。
 再び気だるい表情であたしが車窓に目をやると、遠くの方で小高い山が連なっているのが見える。
「そろそろ着くころね。轟、準備は?」
「ふぁい、ふぁふぁいま!」
 社会人にもなって、口にモノを入れながら喋るなよ。恥ずかしい。
「慌てなくていいから、お茶飲んで落ち着いて降りる支度しなさい」
 言われるがまま窓辺に置いたペットボトルの緑茶に手を伸ばすと、何故か座ったまま腰に手を当てて「ゴキュゴキュ」と喉を鳴らしながら一気に飲み干す水希。
 出勤途中に駅のホームで牛乳飲んでるおっさんか、お前は。
「ぷはぁー、この一杯がたまらんっスねえ」
「風呂上がりのビールじゃないんだから……それより、荷物とか大丈夫なの?」
「そうでした」
 言いながら席を立つと、水希は荷台から黒光りする横長のショルダーケースを降ろす。ケースを開けて紛失しているものが無い事を確認すると、にへらと笑って親指を立てる。
「準備おっけーっス!」
「ならばよし!」
 力強く頷くあたし。
 米原到着まで、今少し時間があるか……。
 考えながら窓の側に置いてあったメモを手早くめくり返す。今回の主要人物について走書きしたページを読み返していると、思い出したかのように水希が問いかけてきた。
「京極なっ……えっと、タカウジでしたっけ?」
「そうよ」
「なんか名前が足利尊氏(あしかが たかうじ)と被ってるっスね」
「その足利尊氏と同時代の人物よ」
「そうなんスか?」
 さらりと言ったあたしの言葉に、間の抜けた返事を返す水希。あたしは半ば呆れかえりながらも、嘆息まじりに答えてやる。我ながら「何て優しい先輩だろう」と思う。
「あのねぇ、さっき鎌倉で何を調べたのよ。京極高氏(きょうごく たかうじ)――都で朝廷から検非違使の官職を賜わり「判官」と呼ばれながら、幕府では当時執権だった北条高時(ほうじょう たかとき)に仕えていて、高時が出家した時に一緒に髪を剃ったって話したでしょ」
「ああ、確かその時に名前を変えたとかって……」
 小さく頷くあたし。
「その時の号――つまり出家した時に名乗る名前だけど、そっちの呼び方の方が後世では有名でしょうね」
「号って、『一休』とか『空海』みたいな名前っスか?」
「そう、その号よ。彼の号は――」
 あたしの言葉を遮るように、米原到着のアナウンスが流れた。それと被さりながら、あたしの口が開く。
「道誉――太平記などで知られる、あの佐々木道誉(ささき どうよ)よ」