影の王(4)


 佐々木氏。
 長きに渡り「近江の名家」として生きながらえた、由緒正しき宇多源氏の血統を継ぐ一族。
 琵琶湖を有する広大なこの一国を南北に分かつが如く、六角、京極と二つの家に分かたれた一門。

太平記』という我が国の軍記物がある。鎌倉幕府滅亡から南北朝の争乱までを描いた物語だが、それに登場する個性豊かな武将の中でも、ひときわ異彩を放つ男がいた。
 彼の名は、京極高氏。後に佐々木導誉として知られる男。婆娑羅(ばさら)大名と呼ばれた彼の所業は、まさに豪快の一言に尽きるだろう。
 そして、同時代の英雄に足利尊氏という男がいた。
 二人は京の都で運命的な出会いを果たした。当時は、まだ高氏と称していた清和源氏の傍流足利氏の御曹子と、同じく源氏の末裔で二つの佐々木氏の内、京極家の当主であった高氏。二人の高氏の出会いが、やがて来る乱世に大きな影響を与えることとなるとは、この時はまだ誰も知る由もなかった。


「綺麗な紅葉っスねー」
 ジャズが静かに流れる喫茶店。夕焼けに照らされた窓辺の席で資料の整理中、不意に水希がそんな言葉を洩らした。
 あたしは半目でそちらを見ると、何のことかすぐに思い当たる。
「ああ、それは去年京都で撮ったヤツね」
 それは一枚の写真。何かの資料に役立つかと思って持ってきたものだ。
「紅葉っていえば、こんな逸話があるわよ」
「なんスか?」と、身を乗り出す水希。
「京都にね妙法院ってお寺があるのよ。そこの紅葉がすごく綺麗でね、観光名所の一つとして数えられているんだけど……」
 あたしは一息入れるように、手元の紅茶に口を付ける。鼻孔をくすぐるアールグレイの芳香と舌先に伝わる苦味が、脳細胞に刺激を与える。
「余りの美しさに、その枝を折った輩がいたのよ」
「酷いことするっスね。誰ですか、そいつは?」
 なぜだか自分のことのように憤慨する水希。
 あたしは再びアールグレイを口に含み、勿体付けるように一息置いてから、かの人物の名を挙げる。
佐々木導誉……の家来よ。それも鷹狩りの帰りに、たまたま寄った妙法院の紅葉に見とれて、折りに行かせたって話よ」
「そうなんスか?」
「ただし」とあたしは腕を組み、
「問題はその後よ。枝を折ったところを寺の者に見つかって、その家来は手酷く暴行を受けたらしいわ」
「ありゃー、フルボッコっスかぁ」
 そういう言葉使うなよ……お前は……
「まあ、そこからが彼の『婆沙羅』たる所以ってとこだけど、その事に腹を立てた導誉はどうしたと思う?」
 急に振られて困惑する水希だが、少し考えてから自信なさそうに答えた。
「えっと、何か嫌がらせみたいに変な噂を流したとかっスか?」
 しかし、あたしは首を横に振ると一言、
「焼き打ちよ」
 低音でそう答えた。
「えー、たったそれだけの事でっスか?」
「そう、それだけのことよ。でも、彼にとっては大切な郎党の一人が暴行を受けたのよ。相当、頭に来たのでしょうね。一緒にいた息子と共に、兵を引きつれて焼き払ったそうよ」
「それって、ただの逆ギレじゃないっスか!」
「そうね。その所為で朝廷に訴えられて足利尊氏も庇護したけど、結局上総……つまり千葉の方に追放されたらしいわ。でも、すぐに復帰したけど。ただ、それだけのことで危険を冒してまで焼き打ちとか、普通はできないでしょ?」
「そっスねー」
「それをやってのけちゃうのよ、佐々木導誉という人物は。そんな変人を足利尊氏は重用したわけだから、それも大したものよね」
 尊氏と導誉。二人とも同じ『源氏の棟梁』と呼ぶに相応しい家柄と資質を持っていた。
 導誉には先見の明があり、危機的状況にあっても奇抜な行動によって難局を逃れ、更にそこから状況を優位に運ぶ手腕は見事というほかない。また朝廷の役職に就いていた経歴から、皇族や公家などにも顔が利く。ただし、前述したとおり婆娑羅大名としても知られており、朝廷にすら不遜な態度を取っていたという逸話もあるという。
 一方で、尊氏は武士達からの信望が厚く、人の長たる器を備えていた。しかし――
 それだけに、二人の内どちらかが相手の風下に立つとしても、あたしにはどこか不自然さを覚えてならない。

 尊氏が幕府を打ち立てた当初、彼の周りには楠木正成新田義貞といった同じ源氏の流れをくむ同格の敵がいた。彼の味方の中でそれらに対抗し得る存在は、導誉唯一人と言ってもいいだろう。開祖こそ違えど、家柄、そして人物としての格からしても彼以外は考えられそうもない。
 そして、敵の背後には帝――当時二つに分かたれた皇統の一つ、大覚寺統後醍醐天皇がいた。
 鎌倉統幕の後、一度は帝の親政に協力したが、武家を蔑ろにする後醍醐政権に失望した尊氏は離反を決意。しかし、後ろ盾の無い尊氏らは朝敵となり、不利な状況に陥った。その危機を脱するには、後醍醐帝に対抗し得る後ろ盾を見つけるしかない。それが大覚寺統と対立するもう一つの皇統、持明院統。その先帝――光厳上皇(こうごんじょうこう)は、廃位させられた経緯などから大覚寺統の後醍醐帝による親政を快く思っていない。そこに取り入る隙があった。そして、尊氏の持明院統の擁立に一役買っている人物がいる。
梅松論(ばいしょうろん)』という軍記物によると、その上皇院宣を得るように進言したのは赤松則村(あかまつのりむら)という人物らしい。彼の献策により院宣を得た尊氏は、朝敵の汚名を返上。後醍醐帝は京を追われ、大和(やまと)国(現:奈良県)の吉野に政権を移すこととなる。
 世にいう『南北朝時代』の到来である。

 幕府の中心人物として赤松のような新興大名や高師直(こうのもろなお)といった子飼いの側近はいるが、将軍尊氏の相談役として同等の立場で物が言える稀有な存在をあえて挙げるとするなら、それは実弟の直義以外ではおそらく導誉くらいだろう。
 それだけの人物であると思わされる節はいくつもある。その例として、先の「妙法院焼き打ち」の話がある。あれだけの問題を起こす人物を粛清もせず放置するどころか、重用するというのは奇妙な話だ。それに――
「でも、よく復帰できたっスね?」
 半ば呆れ顔で言う水希。
「まあ、普通は有り得ないところね。でも、その後で彼の立場が不利になるどころか、幕府において常に将軍の『良き相談役』として重要な場面で彼の発言が重宝され、要職に就いて政務を取り仕切り、彼と対立する者はことごとく失脚の憂き目に遭っているわ。当時の体制では、将軍と守護大名はあくまで土地という報奨契約による関係でしかなく、将軍の権威は然程強くなかったんだけど、それでも導誉は例外的に厚遇されていたと思ってもいいわね。まるで……影の将軍の如く」
 我ながらあまりにも突飛な発想だと思う。
 彼と尊氏の関係を見るかぎり、まるで特別な盟友のように思えてくる。あれ程まで権謀術数渦巻く敵味方入り乱れた騒乱の中で、最後には実の兄弟ですら争う羽目になった状況で、二人の関係は決して揺らぐことが無かったというのだから、これはもう奇跡というべきであろう。
 二人の高氏が出会った時、いかなる盟約が交わされたのか、それは知る由もない。だが、そこにこそ歴史の闇を解く鍵が隠されているのかも知れない。
「轟、そろそろ出るわよ」
 あたし達は、更なる謎を解き明かすべく、黄昏に染まる喫茶店を跡にした。

 そして今宵も、あたしの中の名探偵が目を覚ます。

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 長らくお待たせしました。京子さんに急かされながらも、約11ヶ月ぶりに更新の本作(長っ)
 色々とまとめ切れてないまま、いよいよ次回「解明編」です!

追伸:にしても、何の解明なのか今一ですね(ぇ

さる