血塗られた封印の城 第四章(2)


「え、まだ帰ってきていないの?」
 夕刻、というには余りにも(くら)い紫がかった秋の空。
 坂沿いにある他の家々と違い檜の柱に支えられた屋根のある女子寮の玄関先で、寮長のローレルが出迎えてくれていた。その彼女にルーシアは、今朝授業を抜けて以来姿を見せなかったマリーナのことを訊ねてみたのだが、彼女がいる間に帰ってきた様子はなかったという。
「そうなの。マリーナちゃん今までは必ず連絡くれてたから、こんな時間になっても戻ってこないなんて心配だわ。学園に連絡した方が良いかしら」
 変わらないおっとりとした口調の割に、ローレルは浮かない表情でどこかそわそわと落ち着かない様に見えた。
「ローレルさん、実は今朝……」
 ルーシアがそう言いかけた時、奥の方からジリジリという鈴に似た低い音が鳴り出した。
「あら、伝話箱(エレクトーカー)が鳴ってるわ。誰かしら?」
 ローレルは、申し訳なさそうにルーシアの方に向き直り、
「ルーシーちゃんごめんね、お話の途中で」
 そう言って彼女は廊下の奥、棚の上に置かれた黒光りする鉄箱の方へ向う。と、その鉄箱の右側に掛けられている受聴器(レシーバー)――先端の口が広がった黒く長細い筒――を取って耳に当てる。
 一方でルーシアは、何をするでもなく玄関の前で呆然とローレルの方を眺めていた。不意に、
「ルーシーさん……」
 背後から誰かが囁くように声を掛けた。
「わひっ!」
 栗色のツインテールがふわり、と一瞬飛び跳ねる。ルーシアが慌てて振り向くと、そこには例の如く背に木刀を差した少女の姿があった。彼女の首下で束ねた艶やかな黒髪が秋風になびいていた。
「エ、エレジア?」
「そこ……邪魔………」
「あ、ごめん」
 ルーシアはそそくさと中に入り、階段を上ろうとした所で急に立ち止まった。しばらく奥で鉄箱相手に話し込んでいたローレルが、すこし安心した様子で戻ってきたのだ。
「ローレルさん、どうしたの?」
 不思議そうに眉をひそめるルーシアに、彼女はいつものおっとりとした口調で告げた。
「マリーナちゃん、今夜は学園長のお屋敷で泊まるそうよ」

 電燈(ランプ)の光が薄らと灯る部屋の中、壁にかかった伝話箱(エレクトーカー)の正面の筒にしなやかな唇を当てるシャルロ。
「ええ……残念だけど、一人はもう使い物にはならないわね。けど、娘の方は着実に(、、、)成長している(、、、、、、)わ」
 受聴器(レシーバー)の向こうから、声変わりする前の少年のような声が彼女の耳元で囁く。
『そうですか。では、明日は計画通りにお願いしますよ、使徒アシェムード』
「わかってるわ」
 彼女はそういうと、受聴器(レシーバー)を鉄箱の右側にあるレバーに掛けた。
 いつになく妖艶な学園長の金髪に見え隠れする瞳には、いつもの冷たい蒼とは違う真紅(いろ)の光が瞬いていた。