血塗られた封印の城 第三章(3)
授業中に歩く廊下は静かなもので、教室は壁という結界に隔たれた別空間のようだ。人の気配も、その別空間に一気に押し込められている。
ルーシアは、歩きながらそういう不思議な感覚を楽しんでいた。
ボクと同い年ぐらいの子達は、この時間はいつも皆で勉強してるのかぁ。学校って、面白いなぁ……
仕事とはいえ普段とはまるで違う生活に、ルーシアは新鮮味を覚えていた。ふと、
「昨晩、理事長が襲われたそうですよ」
壁の向こうから誰かの声が聞こえてきた。
「ええ、今朝の事件と関わりがあるらしい」
「今朝の」とは、あの「地獄坂」の死体遺棄事件の事だろう。
襲われたのは、理事長?
そこでドアの上を見ると、「職員室」と書いてあるプレートが目に付いた。
ルーシアが気になってそっとドアの方に近寄り、
「そこで、何をしているのかね?」
突然、後ろから声をかけられた。
「ほぇ!?」
あまりに唐突だったためか、栗色のツインテールが波打つように跳ね上がる。慌てて振り向くルーシアの視線の先には、見覚えのある福与かな体躯の老人が朗らかに笑っていた。
えっと、確か……この学園の理事長……エドガー・ポーロ・エリクソンだったかな?
ルーシアは、記憶を手繰りながら必死に思い出す。
「あ、えっと……お、おはようございます、理事長先生」
ツインテールを揺らして、頭を下げるルーシア。
理事長は朗らかな笑みを崩すことなく、挨拶を返す。
「おはよう。で、職員室に何か用かね?」
「いやぁ、偶々通りかかったら話し声が聞こえてきたもんだから、つい……」
人差し指で頬を掻きながら苦笑いのルーシア。
「なるほど、まあ好奇心が強いのは良いが程々にしなさい」
「はい」
会釈してから立ち去ろうとして、何故か立ち止まり今一度理事長の方を見る。
「うむ? 私の顔に何か付いているかね?」
「あ、いえ……その………」
と、言いかけてすぐに頭を振る。
「いえ、やっぱし何でもないです。あはははは……」
ルーシアは頭を掻きつつ、恥ずかしさやら何やらで赤面する。
「何だか良く解らんが、なるべく早目に授業に戻りなさい」
「はい」
「そうそう」と今度は理事長がルーシアを引き止める。
「君の名は?」
「えっと、ルーシー・レイナードです」
「レイナード君か、覚えておこう」
にこやかに、そう答える理事長。
「ありがとうございます」
ツインテールが大きく揺れる。
「では、私もこれで失礼するよ」
丁寧にそう言うと、理事長は会釈してその場を立ち去る。彼が角を曲がるのを見届けて、ルーシアは再び歩き出した。
保健室に向かいながら、ルーシアは珍しく思案顔で黙り込む。
あの人、前に何処かで会ったような……
一体何処だったか。今はまだ、思い出せないでいた。