スペラヴィアス 第十一話 <さる☆たま作>

 第十一話 雨の夜


 お姉ちゃん……

 お姉ちゃん……


「!」
 唐突に、ありなは起き上がった。

 ここは……? わたしは一体……。

 ありなは、何かに取り付かれたように自分の体に触れる。
「何も、変わったところはない……わたし、生き……てる?」
 何度も再確認するように頷くありな。
 覚えているのは……そう、海に落ちたところまで。その後は、よく解らない……自分の体が何かに分解されたようなそんな抽象的な感覚に陥って、最後に見た風景は……そう、睦月が眼帯を外して………
 そこでようやく我に還ると、ありなは慌てて周りを見渡す。見慣れない板張りの部屋、夜なのか窓の外は暗くて何も見えない。ただ、ロウソクの明かりが俄かに部屋を照らしていた。
「む、むーちゃん! むーちゃんはどこ!?」
 叫ぶが返事は返ってくるはずはなかった。
「そ……そん…な……」
 かすれた声でつぶやく少女。やがて、彼女の頬に熱いものが流れ落ちた。
「何で、何でなの? むーちゃんまで……何でわたしの大切な人は、皆……お父さんも、お母さんも……お姉ちゃんも……」
 白いシーツの上で、ありなは顔を埋めて独り泣いた。


「お姉ちゃん!」
 群青色の整った髪の少女は、肩口まであるその髪を風に揺らして駆けてくる。
「あの人、目を覚ましたよ!」
「そう、よかった……」
 同じ群青色の長い髪を後ろで束ねた浅黒い肌の少女は、ゆっくりと静かに椅子から立ち上がる。
 妹とは対照的に物静かな佇まいのその少女の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
「いきましょう、御神体待ち侘びている頃だわ」
「うん!」
 妹が大きく頷いた。


「入っても良いかしら?」
 ノックの音とともに、ドアの向こうから声が聞こえる。
 ふと気がついて、ありなは気持ちを落ち着かせるために深く呼吸してから、
「はい」
と小さく返事した。
 入ってきたのは、姉妹なのだろう群青色の髪に浅黒い肌の少女達だった。妹と思わしき少女の腕には、石で出来た神像のようなものが抱えられていた。
「よく眠れた?」
「え? あ、はい……あの……」
「あ、私はグラシア。こっちは妹のエクセラね。あなた、浜辺で倒れていたのよ。覚えてる?」
「え? いえ……」
 そうだったのか。じゃあ、彼女達がわたしを?
 胸中で戸惑いながらも、何とか表には出さないように平静を装うありな。
「そうよね……あなた、石の光に照らされていたのよ」
「えぇ!!?」
 思わず大声を上げるありな。あまりにも唐突に、そしてあっさりとその言葉がグラシアの口から告げられたのだ。

 石の光――今、確かに彼女はそう言った。そして、このロケットから放たれた継承者の光(エターナルライト)に導かれて、わたしはここまで辿り着いたのだとすれば……

 ありなにしては、あまりに楽観的な考えであった。いや、それが希望的観測に過ぎないことは十分理解はしていた。が、ここまでに余りにも多くを奪われた。あまりにも大事なものを失ったのだ。そう考えて何が悪い。そういった気持ちが、ありなの奥底に秘められていたのかもしれない。
「その石、どこにあるの?」
 思わずそう聞き返す自分がいた。
「そこだよ」
とエクセラの指は、真っ直ぐありなの胸を差していた。
「嘘……そんな………」
 少女の指先で、そのロケットは青い光を照らし続けていた。
「どうしてよ……何でこんな所にあるのよ……」
 彼女は、それを握り締めて震えていた。もう今までのことが何だったのか、解らなくなってしまいそうだ。
 やるせない少女の怒りに応えるかのように、ロケットの光が赤く変わる。美しく弧を描くと、光はエクセラの腕に抱えられた石像――御神体に向かって伸びていく。
「きゃっ!」
「エクセラ!」
 あまりの出来事に、エクセラは大事な御神体を手放してしまう。
 強烈な赤光を浴びて御神体がロケットと共鳴する。
「あ……石?」
 そう口にしてありなは起き上がり、その光に近づく。そして手をかざすと、その光は御神体を取巻いたまま円……いや球体状に形を成し、そのままありなの掌に収まった。
「これが、スペラヴィアス……」
「そう、そして御神体は、その『パンドラの箱』を開ける鍵だったのよ」
 今度はグラシアがありなを指で差す。その胸元のロケットは既に役割を終えたのだろう。光は完全に消えていた。
パンドラの箱……」
 ぽつりとつぶやくありな。
「人間の煩悩を封じ込めたといわれている悪魔の箱よ。そして人の欲望を叶える石、それがスペラヴィアス」
「すっごい皮肉」
 ありながぼやく。紫の瞳に、悔しさがこみ上げてくる。
 そうよ、皮肉以外なんでもないじゃない。これをずっと求めて、わたしはお姉ちゃんと二人でさまよって、そしてお姉ちゃんが殺されて……途方に暮れてたわたしに笑顔をくれたむーちゃん。でも、今度はそのむーちゃんまで……。
「むーちゃんを、わたしの睦月を返してよ! わたしの……わたしの大切な……ああああああ!!!」
 掌の石を握り締めながら、ありなは再び大声で泣きじゃくった。何も考えられず、ただ泣き喚いた。


 外はいつからか雨が降り始めていた。まるで、ありなの心中を映し出しているかのように。